旅行 北陸・東海地方: 2010年2月アーカイブ

 

 

 2010.2.7

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 寄観亭(きかんてい)は

  兼六園のシンボル

   「ことじ灯篭」の目の前。

 

 

 

 

 

  

 トイレタイムに、土産もゲット

  なんといっても、団体行動のため時間制限がありゆっくりと買い物は出来ないのですが・・

    そこは、チラチラ・・・物色してトイレまで行き・・・

      必要なものはゲットしましたね

 

わり氷

 何これ????

  試食をしたら、ビックリ・・・

   氷砂糖を想像したら、中はグニャリ・・・

     成分は寒天でした・・・・

 

 

 

 

 

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1箱735円です

 

 

昨日ブログ紹介の

「 加賀城下餅 あんころのお隣のお店

 

デパートみたいに、多店が並んでるので

  会計も別々にいたしました

 

 

 

 

 

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 1911年(明治44年)創業の金沢の和菓子店「村上」が作ってます

 

 

 

店員さんのお話では

「砂糖水を寒天で固め、特製の包丁で削ると、氷のようなざくざくとした形になる。それを6日間ほどかけて乾燥させたもの」だそうです・・・・

「とくに大事なのは、寒天。わり氷の歯ざわりを作るものですから。寒天にはこだわって、上質の糸寒天を使っています」とのことです。

  寒天には、工業寒天と天然寒天がある。

     天然寒天というのは、昔ながらに冬、戸外で凍らせて作るもの。

      天然の糸寒天は固まる力が強く、コシがあり、和菓子によく使われているのです。

          (詳細は下段のウンチクを参照してください)

 

 

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光を集めるきらきら氷の輝き。

ひと粒、ひと粒

職人が割った趣のある形と繊細な色あいの干菓子です。

寒天の乾燥に六日間もかける丹念な製法で、

外はカリッと、中はしっとり仕上げます。

 

 

 

  綺麗なオモチャ箱・宝石箱のような印象

  お茶席にもいいかな???

  食べるのがもったいない・・

 

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食べるのもったいないな・・・ 

 

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り氷は夏に食べてみたいと思った・・・

 きっと、さわやかな感じかな??

   繊細な味の干菓子である。

 

 

 

 

 

 一口ふくみ、かんでみると、シャリシャリと音を立てて割れるのです

   あまり甘く感じないのっが不思議・・・砂糖の甘さが広がる。

      口の中には、初めての食感を感じる。

         淡い色合いも可愛い。

  わり氷の材料は、砂糖と寒天、ごくわずかな色粉(いろこ)

      材料はかなり、シンオプルなのですが、実に面白いお菓子なのです。

★寒天のウンチク★

寒天ゲルを糸状にしてから乾燥したもので、単価は高額になります

 

寒天(かんてん)は、テングサ(天草)、オゴノリなどの紅藻(こうそう)の粘液質を凍結・乾燥したものである。一般に売られている寒天は、冬の寒冷地で自然凍結と天日乾燥を繰り返して作られている。食用のゲル(ゼリー)の材料という点では、牛や豚から作られるゼラチンに似ているが、化学的には異なる物質である。

歴史

江戸時代(徳川家綱の時代)1685年に現在の京都府伏見において、旅館『美濃屋』の主人・美濃太郎左衛門が戸外に捨てたトコロテンが凍結し、日中は融け、日を経た乾物を発見した。これでトコロテンをつくったところ、前よりも美しく海藻臭さが無いものができた。黄檗山萬福寺(まんぷくじ)を開創した隠元禅師に試食してもらったところ、精進料理の食材として活用できると奨励された。同時に名前を尋ねられたが、まだ決めていなかったためその旨伝えると、隠元は「寒天」と命名したという。

その後、大阪の宮田半兵衛が製法を改良し寒天を広げる。さらに、天保年間に信州の行商人・小林粂左衛門が諏訪地方の農家の副業として寒天作りを広め、角寒天として定着した。

1881年、ロベルト・コッホが寒天培地による殺菌培養法を開発したため、寒天の国際的需要が増えた。このため、第二次世界大戦前は寒天が日本の重要な輸出品であったが、第二次世界大戦中は戦略的意味合いから輸出を禁止した。

寒天の供給を絶たれた諸外国は自力による寒天製造を試み、自然に頼らない工業的な寒天製造法を開発した。こうして作られたのが粉末寒天である。1946年になると日本でも研究が始まり、1970年頃には製造会社が35社にまで達した。しかし、2004年現在は5社ほどにまで激減。

現在一般的に売られているものは、硫酸や塩酸などで澱粉を溶解し、色や独特の風味を取り除いて漂白されたものがほとんどである。諸外国ではモロッッコ、ポルトガル、スペイン、チリやアルゼンチンで良質の寒天が製造されている。

製法

12月から翌年2月の厳寒期に寒天は製造される。

原料海藻の精製

テングサは、砂浜にひろげ、ときおり淡水を注いで十数日間陽光を浴びせた薄黄色のさらしテングサを用いる。これを河川の水に浸し、柔らかくしたものを水車でつき、貝殻、砂その他を取り除き、流水にさらし、塩分、色素を除く。

配合

20%ないし40%の他の海藻を配合する。これはテングサが高価であり、またテングサのみでは固すぎるためである。

煮熟

沸湯に原料海藻を投入し、粘質分を溶出させるために硫酸または酢酸少量を加え、約3時間煮沸し、火を弱め摂氏70度 - 80度に保つ。通常は原料海藻12kg当たり水約4kl、硫酸30g(水で希釈)を用いる。

濾過

麻袋にいれ、緩く圧して濾液を取り、静置しうわずみを取る。絞り滓は2番煮をおこない、1番煮汁に混ぜ、あるいは新原料海藻の1番煮に用いる。

凝固

うわずみを容器に移し、放冷し、トコロテンに凝固させる。角寒天の場合、約4cm角柱に切り、細寒天の場合、トコロテン突きで5mm角の線状に突き出し、蓆の上に並べる。

凍結

凍結場は、周囲に高さ1間ほどの防風垣を立てめぐらせ、東西に杭(高さ50cmくらい)を打ち、横木を渡し、その上にトコロテンを並べた蓆を置き、寒い夜に凍結させる。角寒天は、2晩かけての凍結完了が最上とされる。酷寒のために1晩で急激な凍結が起こると、寒天質と氷とは別に分かれてしまい形質不良となる。温暖のために凍結に 4 - 5 晩かかると腐敗にかたむき、発色してしまう。細寒天はこのような苦労が少ない。

融解

凍結したら翌朝、陽光に当て、氷を融かし水分を滴下させ、さらに数日間日乾しして完成品とする。

成分

ほとんどは植物繊維(アガルーズやアガロペクチンなどの多糖類)からできており、ヒトの消化酸素のみでは分解されない。ただし、いくらかは、胃酸により分解しアガロオリゴ糖となり吸収され、生理的な作用をもつことが近年研究されている。

寒天の凝固作用は多糖類に由来する。このため、パイナップルやキウイフルーツなどの果物に含まれるプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)によって凝固が阻害されず、よってゼラチン(タンパク質)では凝固できないこれらの食材の擬似ゼリーとして利用されている。

種類

粉末寒天

高純度で品質は均一。溶解性に優れる。

フレーク寒天

沈殿しにくいので焦げ付きにくい。高級和菓子用。

固形寒天

定量で作られているので計量の必要がない。品質は均一。

角寒天

水漬けと裏漉しが必要。品質は不均一。家庭料理用。

糸寒天

性質はほとんど角寒天と同じ。和菓子用。

用途

食品

菓子の材料に用いられる他、ほとんどカロリーがないこと、腸において油や糖分の吸収をさまたげることから、ダイエット食品として、また、前述のアガオオリゴ糖に着目した健康食品としても注目されている。

立方体状に裁断してあんみつの中に入れるほか、牛乳に粉末寒天を添加し、固形にした加工食品(食品)は乳酸寒あるいは牛乳羹と呼ばれる。これは中華料理の杏仁豆腐に好んで利用される。

科学

植物の組織栽培や微生物栽培の際、培地の固形化に用いられている。寒天で固めた培地は寒天培地と呼ばれ、ほとんど培地の代名詞のような存在である。また特に純度の高いものは核酸の電気泳動(アロースゲル電気泳動)にも使用される。

歯科医療

虫歯により失われた歯冠形態は、ごく一部の例外を除き再生することはない。歯冠を修復する場合、歯科医師が被せ物(補綴物)を作りやすい形に切削し後日、でき上がった補綴物を患者に装着し治療を終える。補綴物は主に金属製で融点の都合上、患者の口膣内で製作できないため、歯並びを精密に再現した石膏模型が必要になる。石膏模型は、弾力性があり細部が再現できるなどの要件を満たす材料(印象材)で歯並びを再現した物に歯科用の石膏を流し込んで硬化を待ち、形を整えて出来上がる。歯科医療に用いる印象材の一つに寒天印象材がある。寒天印象材は弾力性があり細部再現性は良好であるが、寸法安定性が悪く水分を吸収すれば膨張し大気中に長時間放置すれば寒天内の水分が蒸発し収縮してしまう。よって、寒天印象材からは素早く石膏模型を製作しなければならない。

出典: フリー百科事典参照 

 金沢の観光の名所は、兼六公園が代表的です。

今回も勿論お立ち寄りしました・

大型観光バスを下車して通路から入場。そこの園内の出入口のすぐそばに寄観亭があります。

ローケーションとしては、バスや車の乗降に便利な園内でも最も良い位置にあります。

   加賀百万石兼六園に入場した始めてのお店でした。

         寄観亭は兼六園のシンボル「ことじ灯篭」の目の前。

 

 

 

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 金沢 兼六園にある「寄観亭」

ここが、銘菓があるというので・・

 

一緒のお店ではなく

  各店舗が入ってました 

 

 

 

 

 

 加賀城下餅 あんころ

     加賀のもち米と北海道産あずきを使用。伝統の技で仕上げた金沢あんころ

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 生菓子  石川県金沢市千本町リ129   ㈱「寄観亭」  きよ福

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 伊勢名物赤福に似てるような感じ

 真ん中は、抹茶味です

 

赤福は全部がアンがつながってますが

こちらは個々に独立してます

 

加賀福というお餅もあります

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 かわいいです

甘味は押さえ気味

 

 

 

 

 

 

 

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 中に餅があります

 

 

 

 

 

 

 

 ★すすめ兼六園みやげ★

★兼六園限定!「たまひめ手箱」兼六園観光協会が販売する「兼六園の茶店限定販売」の商品です。まんじゅうとようかんの2種類があり、ともに兼六園の由来にちなんだ蓮根を素材として使用しています。6個入り(兼六園の名前の由来となった「六勝」にちなんでいます)で各900円(税込)。当店にお越しの際には是非お買い求め下さい。

 

戦国武将シリーズ(鎧)歴史ファンや戦国武将ファン、外国のお客様に喜ばれている戦国武将シリーズの鎧の置物です。「大」(プラケース付)2,500円、「小」1,500円です。加賀藩主前田利家をはじめ、織田信長、豊臣秀吉、上杉謙信、直江兼続、前田慶次郎などなど取り揃えています。ファンならずとも男の子へのお土産として人気があります。また、戦国武将ストラップ(500円)もあります。

 

 

 

 

 

 

 

旅行に出掛かると おいしいお土産を探したくなる・・

 

そこの地ならでわの、品物を探した・ 

     横浜や東京で購入できるものでなく そこの地ならでわの・・

           お菓子や物産がいいと思ってしまうのです 

 

21010.2.6

 世界遺産合掌集落の白川郷

                お土産は??

 

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雑誌のも掲載さえれてる

 どぶろくきんつば が有名です

 

 合掌と逆さを競う赤とんぼ

 

  

 

 

 

 

 

 

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 めめんこMS

   和田久美子

 

岐阜県大野郡白川村萩町290-1

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

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 きんつばの食べ方

 

フイルムをはがして

電子レンジでお好みにあわせてチン

   1個約10秒

  

 

 

 

 

 

お味は、

 

   素朴な格好で、無着色料、保存料などの添加物が使われていないので安心で嬉しい。


       どぶろくきんつばは、封を切ると

          中の風味 どぶろくの香りがプーーーンとするのですが、

            味は思いのほか、どぶろくの味がきつくなく甘さも抑えてあって美味しい。

 

 浅草名物の芋きん と同じ形ですが

  小豆を使った金つばです

 

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★どぶろく祭のウンチク★

白川郷の5ヶ所の神社で9月と10月に行われます。白川郷は、古くから外との交渉の少ない土地柄であったため、村人の心をいやすものは酒以外にはなく、粟・稗の雑穀類で地酒をつくっていたそうです。かなり昔から「どぶろく」が祭礼に用いられていたと思われています。やがて山の神様に感謝と祈りを捧げる祭礼に欠かせないものとなり、今も受け継がれています。「どぶろく」はもろみを漉さない濁り酒のことです。かつてはヒエやアワ、現在はお米を材料に、雪深い1月に神社酒造で仕込まれます。神社内だけでいただくことが許された祭礼用の酒ですので、境内の外には持ち出すことはできません。この日のためだけに少量作られ、造り方も秘密のお酒です。300円でおちょこを買うと飲み放題に。境内では余興も楽しめます。(飛騨高山の観光ガイドHP参照)

 

★金つばの由来ウンチク★ 

金つば、餡を薄皮でくるんだ四角い和菓子、名は刀の鍔の形に由来すると・

金つばは、天和・貞享(1681~1688)の頃、京都で売り出されたのが始まりだそうです。うるち米の粉を練って小豆餡を包み、油をひいた金属板の上で焼いたものだったとか。当初は銀つばの名で売られていたそうです。

金つばになったのか。「銀つば」は江戸にも伝わったそうですが、江戸っ子は銀よりの方が目出たいと改名、そして文化・文政(1804~1830)の頃に流行、それが京も戻ってきたそうです。

を包む薄皮、京都はうるち米、関東は小麦粉だそうです。形も、京都のが、江戸で四角へと変化していったとか。京都のものも今は四角、「きんつば」は四角というイメージが定着したため。

 

丸い刀の鍔の形をしていたものが、四角くなったのです。

徳川5代将軍綱吉のころ、あんをうるち米で包んで、表面を焼いたものが京都に生まれ、「ぎんつば」といって庶民に大変喜ばれました。
 そしてぎんつばは享保のころ江戸に広まり、江戸風の工夫を凝らしたものが銀よりも金が上というので「きんつば」になったといわれています。現在は四角のものが多いですが、昔は刀の鍔(つば)のように丸かったようです。

 

これが金つばの由来・・・

 なる程・・・武士の刀からの由来なんてね・・

 

ちなみに今川焼きも金つばの一種らしい・・・

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きんつば【金鍔】①金で装飾した刀剣の鍔。近世、若衆・野郎の好んで用いたもので伊達(だて)とされた。②金鍔焼の略。 -・やき【金鍔焼】水でこねた小麦粉を薄くのばして小豆餡(あずきあん)を包み、刀の鍔のように円く平たくし、油をひいた金属板の上で焼いた菓子。文化・文政(1804 1830)の頃江戸で流行。今は、四角く切った餡を、小麦粉を薄く溶いた液につけ、平鍋で焼く。きんつば。→銀鍔焼

ぎんつば【銀鍔】①銀で作った刀の鍔。②銀鍔焼の略。 -・やき【銀鍔焼】粳米(うるちまい)の粉を練って小豆餡(あずきあん)を包み、油をひいた金属板の上で焼いたもの。天和・享保(1681 1688)年間に京都で売り出され、金鍔焼の元祖といわれる。ぎんつば。

いまがわやき【今川焼】銅版に銅の輪型をのせ、水で溶いた小麦粉を注ぎ、中に餡(あん)を入れて焼いた菓子。江戸神田今川橋辺の店で製し始めた。今は輪の代りに多数の円形のくぼみをもつ銅の焼型を用いる。

たいこ【太鼓】 -・やき【太鼓焼】皮に巴形の焼印を押した今川焼。

金つばと銀つばのHP参照

*******

 

 

 

2010.2.6

 能登金沢駅前の、ANAクラウンプラザホテル金沢に宿泊

 何と云っても、合掌造りの集落・ライトアップの見学で午後8時30分にホテルにチェックイン

  部屋は勿論綺麗です・・・お風呂の綺麗ですよ・・・

   せっかくだから、大風呂に入りたかった・・・

 

     少し道脇に雪のある金沢駅の反対側まで、トボトボトボ・・・と歩いてお風呂に行きました

          

        エキスパ アパホテル金沢駅前 TEL : 076-231-8111

             

          北陸本線「金沢駅」 西口を出て左へ徒歩1分

               加賀百万石の大浴殿「玄要の湯」をはじめ、露天風呂、サウナなどあり

                     3時間1000円

           

              楽しみに行きました・・・が、何と何と・・・・

                 給湯のボイラーの不具合で、お湯はスゴックぬるい・・・・

                  女湯の露天風呂の浴槽は、丸く小さな4人入ったらキツキツが2個

                     その、1個は水風呂・・・ウソーーー風邪ひいちゃうよ・・・

                      勿論上がり湯も、ぬるめ・・・・

               男風呂も、同じようなもの・・・・・

                  3時間1000円 3時間なんて入れません・・・・

                   かなりのガッカリさで・・早々に失礼しましたね

 

 

お風呂が良くなかったので・・・・

 今度は、居酒屋・  どうかな???心配もあるけど、

         4時に白川郷の夕飯を食べたのでおなかもすいてます・・・

 

横浜の居酒屋と違って、あなどるな・・・とのこと・・・

  ダイニングバー 魚かし酒場 居酒屋 「魚せん」 

    金沢駅前広岡交差点

      千客専味   

 

  感想は、実にすごい・・石川県の居酒屋はすごい・・うまい・・安い・・・

     

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 個室空間に通うされました

  落ち着きそうな雰囲気でよかったな・・・・

    今、キャンペーンで特定のお品が100円引きになってます・・・ラッキー・・・

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 毎朝届く、

  金沢港直送のとれたて魚介、

        加賀野菜、北陸の地酒

 

 

個室空間だからね

 

 

 

 

 色々と、メニューがあります

 

    お風呂に入って、喉も渇いたのでひとまずは、生ビール

     ジョッキで乾杯・・・

       

 

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ゴボウの金平です・・・おいしいので、期待が膨れます

 

 

 

器もお洒落でステキ・・

  壁には和紙で装飾されてます

      手創り旬菜 創作料理

         

 

 

 

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 「生キャベツ」頼んだので

 単純にキャベツが出るのかと思いきや・

 

「ウマイぃ・」

  写真撮る前に食べたので

   少なくなった映像ですが・・・

ゴマ油と昆布が混じってうまいな

 

 

(コレを参考に自分の家でも料理してみました)

     2010.2.15 簡単レシピ 生キャベツ胡麻昆布サラダ  紹介

 

       

 

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 蓮根の天婦羅

 抹茶塩で食べます

  シャキシャキ・・して

    美味しいな 

 

 

 

 

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なんこつスパイシー

 軟骨のから揚げ

 なんこつは、管理人は食べないから

  一人で食べるには

   かなりたっぷりありますね

 

 

 

 

 

 玉子焼きが、おいしいとの評判なので・・・・

   早速注文しました 

     すっごく沢山あります

          確かに出し巻きもウマシ

    手巻きあつあつ出し巻き玉子  780円(税別)

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山芋のお好み焼風   580円(税別)

   かつおぶしにソース・・

    香りはお好み焼きそのものです

 

 

 

 

 

 

   木のスプーンで、しゃくって見ました

  本当に、山芋です・・・  粘りが合っておいしいね・・・                                                             

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 器もステキです

 高山湾白海老サクサク揚げ 780円(税別)

 

抹茶塩で頂きます・・・・

 

新鮮で、これもまたまた

  ご機嫌です・・

 

 

  

 

 

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 豚ニラ塩焼きそば 580円(税別)

 

見た目が、脂っぽいのですが、

 意外とサッパリしてます

 

 

 

 

 

 

 そうそう・・地酒も忘れずに・・

  石川県の地酒  菊姫にしました

    他にもありましたが、今日は甘口が飲みたかったので・・・これに決定

     ほろ酔い気分になっちゃいました・・・・

   

 

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 ★金沢港のウンチク★

金沢港石油岸壁

金沢港(かなざわこう)は、石川県金沢市の大野川の河口に所在する港湾である。港湾管理者は石川県。港湾法上の重要港湾、港法則上の特定港に指定されている

概要

  • 1970年開港。釜山、上海などを結ぶ外貿定期コンテナ航路が就航するほか、コマツの建機輸出用に北米向け多目的船が不定期寄港する。係留施設総延長 5,188m(2000年)
  • 2008年6月16日から金沢・釜山間の国際フェリーが就航していたが、同年10月

歴史

古代においては、「大野湊」として『白山禅頂私記』の伝説に登場する。その後戦国時代から江戸時代初期にかけて近接する犀川(さいがわ)河口の宮腰の繁栄に押されていたが、北前航路の隆盛にともない享保(きょうほう、きょうほ)の頃には金沢の外港としての地位を築いた。北前船全盛時代は明治時代後期まで続くが鉄道の普及と共に衰退する。

  • 大正時代に入り、大野港を漁港として発展させようとする動きが起こるが、大正12年(1923年)石川県大野町長の光谷次郎松により、金沢港を貿易港として発展させる構想を発表。帝国港湾協会の後援もあり、昭和8年(1933年)には金沢港築港が閣議決定される。昭和10年(1935年)には大野町金沢市に編入され着工が期待されたが、第二次世界大戦により棚上げされた。
  • 戦後も長い間棚上げされてきたが、昭和38年(1963年)の三八豪雪「サンパチ豪雪」により北陸地方の陸上交通がほぼ完全に途絶えたことから急速に建設の気運が高まり翌年には、重要港湾として12ヶ年計画で建設が進められた。当時としては珍しい掘り込み式港湾であり浚渫された土砂は河北潟の干拓工事に使用された

 

★加賀野菜のウンチク★

 

加賀野菜(かがやさい)とは、石川県金沢市で生産される、金沢市農産物ブランド協会が「加賀野菜」と認定した野菜。「加賀」とは加賀国を指している。2007年現在、後述の15品目が認定されている。

認定の条件は、1945年以前から栽培され、現在も主として金沢で栽培されていること

  • 需要に応じて供給できる体制が整っていること である。良品は認定シールを貼って出荷している

認定されている品目

  • 打木赤皮甘栗かぼちゃ(うつぎ・あかがわあまぐり‐)

「打木」は地名である。その名のとおり、皮が赤くクリのような形をしたカボチャ。福島県で栽培されていた「会津栗」をもとに、金沢市打木町金沢市西部の砂丘地である)の篤農家松木佐一郎が改良した品種。

  • さつまいも

内灘町との境にある五郎島(ごろうじま)町で採れる『五郎島金時』は特に有名で、焼き芋に適している。

  • 源助大根(げんすけだいこん)

愛知県の篤農家井上源助が育成し、松本佐一郎が改良した品種。スイカ・カボチャの裏作として作られ始めた。柔らかいが煮崩れしない肉質と甘みが持ち味で、おでん・風呂吹き大根に適している。平成16年には「煮込んでおいしい品種」であることに着目したセブンイレブンのおでん種に採用され、「源助大根」と明記して首都圏で販売された。従来品種の青首大根もおでん種として並売されたが、それら70円/個に対して源助大根は90円/個の販売価格が設定された。

  • 二塚からしな(ふたつか‐)

「二塚」は地名で、二塚村があった地域を指す。

  • 加賀太ぎゅうり(かが・ふと‐)

太さ5~7cmほどにもなり表面はなめらか。だし汁で煮てあんかけにしたり、味噌汁の実にしたりして食べる。

  • 金時草(きんじそう)

葉の裏が紫色で、茹でるとモロヘイヤのような粘りが出る植物。酢の物にして食べる。和名は「水前寺菜」といい、古くは熊本市で栽培されていたものだが、現在はほとんど金沢でのみ栽培されている。紫はアントシアニンの色。

  • 加賀つるまめ

白花のイオンゲン。油揚げなどと一緒に煮物にする。和名は「フジマメ」。「千石豆」とも呼ばれ、こちらの呼び名のほうがポピュラーである。

  • ヘタ紫なす

その名のとおり、ヘタの下まで紫色になる短卵形の小なす。市民には「丸なす」とも呼ばれている。

  • 加賀れんこん

生産地の名をとり「小坂れんこん」とも。加賀藩五代藩主前田綱紀のころから栽培されていたと伝えられている。すりおろして蒸した「はす蒸し」は代表的な郷土料理である。

  • 金沢一本太ねぎ
  • たけのこ
  • せり
  • 赤ずいき

サトイモの葉柄で赤いもの。茹でて酢の物にして食べる。

  • くわい
  • 金沢春菊

そのほかの伝統野菜

加賀野菜以外にも金沢市および近郊で伝統野菜が栽培されているが、生産量が不安定で流通に載らないため「加賀野菜」としての認定はされていない。

  • 加賀白菜
  • 加賀節成きゅうり(かが・ふしなり‐)
  • 三谷秋胡瓜(みたに・あきぎゅうり)
  • 青シマ瓜(かた瓜)
  • みの瓜
  • なし瓜(あま瓜)
  • 剣崎辛長なんば
  • 伝灯寺里芋他  

フリー百科事典参照

 

 写真が多くて・・・

  管理整理に時間がかかりました・・・・

    2日間は、旅行の日程・タイムスケジュールしか紹介できませんでしたが・・

     今日は本番の紹介です

 

今年の、ライトアップは7日間となってます。

 予約の大型バスでの入場規正がありました・・・

   雪を待ち望み・・・待望の雪の白川郷となりました 

 

 

2010年2月6日(土)

飛騨高山 合掌造りの世界遺産 ライトアップの観光ツアーに参加しました

 

   温度はマイナス8度とのことで、日本海側は雪で大荒れ

     何か、本当に・・・・うれしい・・・・

 

        夕方に到着

        

            展望台に行く途中でパチリ・・・      

 

 

 

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    4時30分頃から食事をして、急いで展望台まで歩いていきました

     雪がふぶいていたのですが、ナイスポジションをゲット・・・

 

       おぉ・・・・・

         世界遺産   

            人間が生活してるそのままの世界遺産は

               唯一白川郷・五箇山の合掌造り集落だけだそうです

                  (世界遺産紹介のテレビで解説してましたょ)

 

     人も町もすべてが世界遺産・・・・ 

 

DSC_0023.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽が沈む時間帯

  真っ暗になる前に撮影 ・・・

    薄明かりで、幻想的な光景です・・・・

     雪の中に、合掌造りに家々・・・

        

       本当に展望台に登っても、少しの場所しか、合掌造りの集落は見えません

        

         できれば、ライトアアップになる前から場所取りが必要ですね・・

 

    吹雪に中、1時間は頑張って、シャッターチャンスを狙ってました

       

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ライトアップ

  深雪にかやぶき屋根・・・・

    いやぁ  ステキ・・・

 

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あぁあぁ・・・

  ほぼ、同じ位置からの撮影ですが・・・

    結構、風が吹くと・・・こんな感じになります・・・・ 

 

         雪が舞ってます・・・・・

 

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いつ頃建てられたのか


  合掌造りは江戸時代から建てられていました。

 

   デザイン面を重視してあのような形になったわけではなく、

 

        日々の生活をなるべく快適にするためにあのような形になっていったのです。


             合掌造りは歴史的に浅いように思えますが、

 

                それまでの日本人が培った技法と技術を用いて造られたハイテク家屋ともいえます。

 (岐阜新聞社文章参照)

 

DSC_0073.jpg

 

 何とも、絵本から出てきたような

     写真になりました

 

 

 

 

 

 

  急勾配の茅葺き屋根が特徴的な「合掌造り」の家屋には、

   厳しい自然環境に耐えながらも快適な生活を送ることができる知恵が詰まっています。

       屋根は雪が滑り落ちやすいように45度から60度になっており、

        適度な室内の換気のために茅葺きを用いています。

     

   その屋根が掌を合わせた形に似ているため、「合掌造り」と呼ばれています。


     釘は一切使わずに建てられ、釘の代わりには縄や若木を用いられました。

           それが結果的に巨大な屋根を柔軟に支えているのです。

 

   さらに、少しでも夏は涼しく冬は暖かく生活するために、

       窓は全て風通しを考慮して南北に面しています。

        こうした構造は住民の暮らしだけでなく、

          産業活動にとっても、欠かせない要素なのです。

 

       「合掌造り」が盛んに建てられた明治時代、この地域の主産業は養蚕でした。

         作業場を屋根裏に設け、1階の居住空間からの熱を利用することで、

             蚕を飼育しやすい環境にしていました。

 

       まさに「合掌造り」は環境と生活に配慮した家屋だといえるのです。 

                                            (岐阜新聞社文章参照)

 

 

 ガイドさんのお話ですが、

 昔昔・・・こちらの村では人口が増えるのを嫌い

         長男だけが嫁取りができたそうです(結婚できたそうです)

          次男・三男さんは結婚ができないそうです

           そのまま、下男のような生活となったそうです

        1つの家に、20人・・と大家族で生活をされてたとのこと・・・

  

 そぉなんだ???

   そこで、そのお話が事か?調べてみましたら、

     斎藤 英俊(筑波大学大学院人間総合科学研究科教授)の研究に記載されてました

      ブログ下段のウンチクに「白川郷・五箇山地方の産業と社会制度」に詳細があります。

 

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 今日は、飛騨高山のハイライト写真の紹介です

 

ちなみに、フラッシュをたいたらこんな画像になってしまったのです・・・・

   降りしきる雪を、レンズがとらえたため・・・

 

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 そこで、ノンフラッシュ  フラッシュ禁止で撮影しました

  ルミックスの小さなデジカメでは上手に撮影ができませんでした

 

 できたら、三脚を使用したらいいです。

 露出時間が長いので、手ぶれがあります・・・

   ちなみに、今回は三脚ナシで頑張っちゃいました・・・・

 

ニコンd5000で撮影してきました・・

  まだ、操作が不慣れのため・・・残念なことが一杯ありますが

   一部の作品紹介です・・・

 

次回に、雪の高山訪問のアイテムとお知恵を紹介します・・・・

  勿論、お土産もね・・・

 

★ 白川郷のウンチク★ 

白川郷(しらかわごう)は、岐阜県内の庄川流域の呼称である。大野郡白川村と旧荘川村(現高山市)に相当し、前者を「下白川郷」、後者を「上白川郷」と呼ぶ。今日では白川村のみを指すことが多い。白川郷の荻野地区は合掌造りの集落で知られる。独特の景観をなす集落が評価され、1976年重要伝統的建造物群保存地区に選定、1995年には五箇山(相倉地区、菅沼地区)と共に白川郷・五箇山の合掌造り集落として、ユネスコの世界遺産(文化遺産))に登録された。「世界遺産白川郷合掌造り保存財団」などがその保存にあたっている。

            フリー百科事典参照

  

★ 白川郷・五箇山の合掌造り集落のウンチク★

 白川郷・五箇山の合掌造り集落は、飛騨地方の白川郷(岐阜県大野郡白川村)と五個山(富山県南砺市)にある合掌造りの集落で、1995年12月9日にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。 

合掌造りは、江戸時代から始められた養蚕のため、屋根裏に棚を設置したのが始まりと言われている。豪雪による雪下ろしの作業軽減と屋根裏の床面積拡大のため、急な角度を持っている特徴的な茅葺屋根になったと考えられている。また、この家屋では養蚕のほか、硝石生産も行われた。

また、合掌造りの屋根はどの家屋も東西を向いている。これは、屋根に満遍なく日が当たるようにするため、集落の南北に細長い谷にあり、南北それぞれの方向から強い風が吹くので、風を受ける面積を少なくするためと言われている。

合掌造りを守る地域住民の連携形式の「結(ゆい)」により、補修や茅葺の葺き替えが30年 - 40年に一度は行われている。屋根の葺き替えには、多くの人手と時間(全て葺き替えるのに二日間はかかる)を要する。

白川と五箇山の集落地帯は、有数の豪雪地帯であることによって、周囲との道路整備が遅れたため、奇跡的に合掌造りの住居構造が残った。しかし、過疎化や住民の高齢化により、「結」の活動による、合掌造りの維持活動も限界となっている。

戦後は林野、水源開発の影響、産業の衰退、人口の都市部流出などもあって、多くの家屋が廃屋となった。特に後母衣ダム建設の際に、数多くの伝統建築が取り壊された。その後、伝統的な家屋形式を反故にしてはいけないと近隣住民を中心に資源保存の機運が高まることになる。その後、後述の重要伝統的建造物群保存地区選定を経、また世界遺産登録後、急激に観光客が増加している。近くを走っている高速道路(東海北陸自動車道)も飛騨トンネルの完成により2008年に全線開通しており、地域社会の生活と観光地化の狭間で、様々な問題も発生している。例として、現住建造物問わず心ない観光客が勝手に戸を開けるなど、住民のプライバシーを尊重しない重大なマナー違反等がある。

「白川郷」や「五箇山」と言われているのだが、細かく言うと白川郷の「荻町」と、五箇山の「相倉」、「菅沼」の三つの集落がある。荻町1976年に、相倉と菅沼は1994年に重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている。 なお、名義上「白川郷・五箇山の合掌造り集落」となっているが、世界遺産に登録されているのはこの3集落の合掌造りのみであり、他の集落のものについては世界遺産には登録されていない。

 

 

★世界遺産登録基準★

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

  • iv) 人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。
  • v) 特に、回復困難な変化の影響下で損傷されやすい状況にある場合における、ある文化(または、複数の文化)を代表する伝統的集落、または、土地利用の顕著な例。 

フリー百科事典参照)

 

  

★ 講義5「世界遺産:白川郷・五箇山の合掌造り集落」

斎藤 英俊(筑波大学大学院人間総合科学研究科教授)下記文面は抜粋参照

 

 

【白川郷・五箇山地方の産業と社会制度】

白川郷と五箇山地方の各集落には、近隣の家々で構成される「組」と呼ばれる江戸時代から続く生活上の互助組織があり、現在でも活動している。各「組」内では山道の草刈や水路の塵浚い、除雪、火災予防の夜回り、神社の出役などの、季節季節の、あるいは日常の作業を共同で行い、または順番で当番を出して互いに助け合っている。また、冠婚葬祭や家屋の普請、茅葺き屋根の葺き替え時などにはコーリャク(合力)やユイ(結い)と呼ばれる相互扶助の伝統的な習慣があるが、これも「組」を単位として行われている。

このような社会制度が生まれ、維持されてきたのは、厳しい自然条件下の、生産性の低い山間の土地で生きるためには、相互扶助が不可欠であったからであるが、その背景には同じ浄土真宗の信仰による精神的な強い結び付きがあったことも指摘されなければならない。

なお、白川郷と五箇山地方のいくつかの集落では、かっては10数人から30人数に及ぶ一族が1軒の家屋に住む大家族制度が存在した。この制度は、家長夫妻とその弟姉妹及び結婚した姉妹の子供、家長の長男夫婦とその弟姉妹などが分家しないで数世代に亙って共同生活を営むもので、日本ではこの地方独特の制度として学術的にも注目されたが、現在では消滅している。白川郷と五箇山地方の中でも耕作地の少ない、より条件の厳しい集落にみられた制度であった。

 

 

【合掌造りとは】

「合掌造り」とは、「小屋内を積極的に利用するために、叉首構造の切妻造り屋根とした茅葺きの家屋」のことで、日本の他の地域にはみられない、白川郷と五箇山地方のみに存在する大変特色のある民家の形式である。小屋が叉首(サス、「ガッショウ」とも呼ばれる)による構造となっていること、あるいは、屋根が両手を合わせたような形になっていることから、合掌造りと呼ばれるようになったと考えられる。

「叉首構造」とは、頂部で緊結した2本の材(叉首)をΛ形に開いて造る小屋構造をいう。叉首の下端は細く尖っていて、桁の上に渡された叉首台(「ウスバリ」と呼ばれる)の両端にあけられた窪みに差してあるだけである。日本の民家の小屋組は、梁と束を使って組み上げ、その上に棟木・母屋を渡し、垂木を架ける構造が主流であるが、叉首構造も日本の各地に一般的に見られる構造といえる。束を立てる構造の場合には多くは板葺きか瓦葺き屋根となるが、叉首構造の場合には茅葺き屋根となる。

束を立てる構造に較べ、叉首構造は屋根を急勾配にすることができるので、積雪などによって生じる屋根面を撓ませる力は小さくなり、白川郷や五箇山地方の湿って重たい雪にも耐えることができるのである。叉首構造の屋根の勾配は、一般的には45度前後であるが、この地方の場合だけ特に60度に近い急な角度になっている。このほうが構造上有利であり、また、雪降ろしも楽になるといえよう。

叉首構造では小屋内に束が立たないので、小屋の内部を広く使うことができるのだが、日本各地の叉首構造の民家では、小屋裏はせいぜい物置にしか使われていなかった。ところが、合掌造り民家では小屋内を2層、3層に造り、養蚕のための場所として積極的に利用していた。これはこの地方だけの特色である。ところで、叉首構造の場合には、棟方向に働く力には弱いという欠点がある。そのため、叉首構造の民家はどの地方でも屋根を寄棟造りか入母屋造りにしてこの欠点を補っているしかし、小屋内で養蚕を行うためには

3 セッションII 講義5

採光や通風が必要であり、そのため屋根を切妻造りとして、妻面に窓を開けなければならない。この対立する問題に対し、屋根野地面にハガイと呼ぶ大小数組の筋違いを襷に入れることで、切妻造りの構造上の欠点を解決している。これは合掌造りだけにしかみられないたいへんユニークな工夫で、この結果、茅葺・叉首構造で切妻造りという全国どこにもない形態が出現したのである。

合掌造りの桁から下の軸部は専門の大工によって造られるが、桁から上の小屋組は集落の人たちによるユイで造られる。これは現金収入の少なかった山村で、なるべく現金を使わないで家を建てるための智恵である。屋根の茅をユイで葺き替えるのも同じ理由である。このほかにも、合掌造り家屋には、気候風土や山間の村での生活に適合したいろいろな工夫が凝らされている。

同じ合掌造り家屋でも、白川郷と五箇山では屋内の土間の取り方や入口の取付き位置が異なり、妻に庇を付ける五箇山に対して付けない白川郷など、地域によるいくつかの相違点も見られる。

合掌造り家屋は、もともとそれほど多く建てられたものではないが、特に戦後の経済発展と生活の近代化の中で、その数は急激に減少し、集落のなかに残されている合掌造り家屋は現在では極めて少数となり、1棟1棟が大変貴重な存在となっている。白川郷と五箇山地方の合掌造り家屋は、最も発達した合理的な民家形式の1つであり、また、特色のある合掌造り家屋群を中心とする農村景観は世界的に価値のある貴重な文化遺産と評価されている

 

荻町集落】

荻町は戸数152戸の集落である。明治9年(1876)の記録によると、当時、荻町99戸(現在の戸ヶ野集落を含む)で、白川村23集落の中では最大の集落であった。

 

 

いよいよ2日目

  詳しくは、帰宅してから書きます

   ちなみに、iPhoneでブログの更新です

 

 

2010年1月7日(月) 

 

8時ホテル発

 

金沢- -兼六園(日本三名園・雪吊りを堪能)【散策 約60分】-

 

 -瑞龍寺(国宝を参拝)【参拝 約60分】- -柿の匠(海鮮丼の昼食)

 

【昼食 約45分】- -雨晴海岸【散策 約20分】- -

 

 

町田駅周辺(20:30予定)- -横浜(21:20予定)

 

 

写真編集して、載せます

 

お楽しみに

 

今は、朝早い出発で

  バスの中です

 

 

今日の予定は

 

2010年1月6日(土)

 

横浜(7:30発)-  -町田(8:45発)-  -<安房トンネル>-

 

 -丹生川【買い物 約30分】-

 

 

-白川郷【散策・郷土料理の夕食午後4時 約3時間】-

 

 

 -金沢(泊)午後8時過ぎ

 

お風呂に入りたいから

 

エキスパ アパホテル金沢駅前 アパホテル 金沢駅前2F

 

     に行きます

 

 

金沢の玄関口に建つハイクオリティホテルの2階に位置する都市型サウナ。加賀百万石の大浴殿「玄要の湯」をはじめ、露天風呂・サウナなど癒しの空間をご用意しております。サウナ基本料金3時間1,000円

 

2010年6月

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