簡単な作りかたです
ジャガイモと明太子と少々の醤油で完成



ジャガイモは、皮をむき
一口の大きさにきる

蓋をして、電子レンジで10分くらい蒸らします
ジャガイモが大きいようでしたら、
一口の大きさにカットします

ゆであがったら。
明太子ジャガイモとあわせます
お好みで、醤油で くわえます
完成

★辛子明太子のウンチク★
辛子明太子(からしめんたいこ)とはスケソウダラの卵巣を唐辛子等を使った調味液で味付けしたもので、食材および食品の一種である。明太子とはそもそも同じくスケトウダラの卵巣を材料とする食品たらこの別称であるが、近年では辛子明太子の略称として「明太子」と表記される事が多い。
博多(
名称
語源は中国語にまでさかのぼることが可能であるが、直接には朝鮮語でスケトウダラのことを「ミョンテ」(明太)と言ったのが始まりである。17世紀の朝鮮時代、明川地方で太という漁師が漁獲したことから明太と名づけられた旨の文献が残っている(松南雑識巻十四魚鳥篇より)。
朝鮮半島で作られたスケトウダラの塩漬けは、17世紀に北部九州・山口地方へ伝わった。このためこの地方では江戸時代から、スケトウダラを「めんたい」と呼んだ。漢字表記「明太」は朝鮮半島でミョンテを「明太魚」、「明太」と書いたことからきている。つまり「明太」とは「タラ」のことであり、「明太子」とは「タラコ」という意味になる。朝鮮半島では辛子明太という食べ物があるが、これは唐辛子で味付けした「タラ」である。
なお、日本では「鱈」の字が文書に現れるのは寛永10年(1670年)であり、そもそもはスケトという呼び名であった。
●歴史●
2009年現在、明太子(辛子明太子とたらこ)の歴史は明太子業者や関係者に伝わる諸説が存在する。しかし2008年8月、今西一・中谷三男共著により「明太子開発史」が出版され、歴史的資料に基づいた明太子の歴史が明らかになったものである。
たらこ
そもそも明太子の最古の資料として「世界実録」に「1424年、韓国の監司がタラの卵の塩辛を献上した」との記述が残っている。その後スケトウダラを加工して食べる食文化は、朝鮮半島で広まっていき、日本に伝わったのは江戸時代である。
国内においても古くからスケトウダラは漁獲されており、1903年頃から
●朝鮮半島での辛子明太子●
朝鮮半島では上述のように、古くからスケトウダラの卵が塩漬けにされ食されていた。1800年代には誰が考案したということもなく、韓国の明太子は刻んだ唐辛子とともに塩漬けする方法が定着していた。
1900年頃、その歴史的背景から韓国には多数の日本人が居住していた。1907年、日本人の樋口伊都羽が漁民の自家消費となっていた明太子(辛子明太子)を商品化し、大々的に販売した。翌年、樋口は店舗を釜山に移動し明太子の製造元祖の商標で販売した(ただし1907年当時の有力な歴史資料はその多くが樋口伊都羽及びその関係者による資料である)。
この時の明太子は後述の唐辛子をまぶしたものでも、調味液に漬け込んだものでもなく、唐辛子入りの塩漬けである。
その後樋口商店は数々の重鎮・名将の支援をうけ隆盛を極めるが、終戦後、その財産の一切を失い引揚船で帰港。以後、樋口は農業に従事し、戦後の明太子の中心は下関に移っていった。
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